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AW Alert Japan 1:緊急事態宣言と従業員への賃金支払義務

2020年4月13日

(文責:渡邊満久/AsiaWise法律事務所所属)

 AsiaWise法律事務所では、新型コロナウイルスの法律面での影響について、AW Alertにて情報提供してまいります。

 今回は、緊急事態宣言が出された日本について、緊急事態宣言とはそもそも何であるのかと、休業の場合の賃金支払義務について、法的視点から情報共有致します。

Ⅰ.緊急事態宣言

 2020年4月7日、日本政府は、「緊急事態宣言」を出しました。言うまでもなく、世界中で猛威を奮っている新型コロナウイルスの国内での感染拡大が、深刻な状況に陥っているためです。この緊急事態宣言とは何であるかということについて、各種メディアにより報道・情報提供等なされていますが、改めて、法の観点からこの宣言についてご説明したいと思います。

1.新型インフルエンザ等対策特別措置法

(1)緊急事態宣言とは?

 「日本は法治国家である」といったことがよく言われますが、この意味は何であったかと復習しておくと、中学校や高校の公民の授業で習うように、国家の行為には、国会で制定した法律上の根拠が必要であるということです。すなわち、緊急事態宣言や外出禁止の要請といったことを行うためには、法律上の根拠が必要となります。

 新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」といいます)は、もともと、文字どおり新型インフルエンザのような新種の感染症がまん延した場合に、国や都道府県知事等が必要な対策を採ることができるように定められた法律です。今年の3月に、新型コロナウイルスについても特措法の対象と加えるよう、改正が行われていました。

 特措法第32条1項は、新型インフルエンザ等の全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすような一定の事態(以下「緊急事態」といいます)が発生した場合に、緊急事態が発生した旨、緊急事態に対する措置を実施する期間、措置を実施すべき区域などを公告することとしています。そして、この公告こそが、「緊急事態宣言」なのです。

(2)外出禁止を強制できないとは?

 報道等でも言われているとおり、諸外国の都市封鎖(Lockdown)とは異なり、現行法の枠組みを前提にする限り、日本の緊急事態宣言は、国民の外出禁止を直接強制することはできません。

 特措法第45条1項は、都道府県知事は、緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、国民生活及び国民経済の混乱を回避するために必要があると認める場合は、住民に対して、生活の維持に必要な場合を除き外出しないことその他の必要な協力を要請することができると定めています。このように、特措法上は、外出禁止を要請することができるとのみ定め、それを強制できる、あるいは住民が在宅の義務を負うとは規定しないため、日本においては、特措法上、外出禁止を強制することができないのです。

ただし、緊急事態宣言発出前後で、外出禁止要請の意味合いに違いがあります。

 東京都や大阪府では、緊急事態宣言が出される以前から、知事が都民や府民に対し、外出を自粛するよう要請していました。これは緊急事態宣言前のものですから、特措法第45条1項に基づくものではありません。

 他方で、緊急事態宣言後の外出自粛要請は、特措法という法律に基づく要請ですので、「法律上の要請」ということになります。

(3)施設の閉鎖も強制はできない

 多くの報道の対象になっている施設の閉鎖についても、特措法に根拠規定があります。

 特措法第45条2項は、都道府県知事は、緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、国民生活及び国民経済の混乱を回避するために必要があると認める場合は、施設の管理者などに対して、施設の使用の制限、停止などを要請することができると定めています。対象となる施設として定められているものは、下記別表のとおりです(特措法第45条2項、特措法施行令第11条、興行場法第1条1項)。

 この「要請」に従わなかった場合は、都道府県知事によって閉鎖の「指示」が出され、その旨が公表される可能性があります(特措法第45条3項、4項)。

【別表】

① 映画、演劇、音楽、スポーツ、演芸等を見せる施設など

② 学校、大学(1000㎡超)など

③ 保育所、介護老人施設など

④ 集会場、公会堂、展示場

⑤ 百貨店、マーケットなど(食品、医療品など生活に欠くことができない物品の売場は除く)

⑥ ホテル又は旅館(集会の用に供する部分に限る)

⑦ 体育館、水泳場、ボーリング場などの運動施設や遊技場

⑧ 博物館、美術館、図書館

⑨ キャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールなどの遊興施設

⑩ 理髪店、質屋、貸衣装屋その他これらに類するサービス業の店舗

⑪ 自動車教習所、学習塾その他これらに類する学習支援業の施設

⑫ 特に必要なものとして厚生労働大臣が定めるもの

※③~⑪については、1000㎡超のものに限る

(4)補償は特措法とは別の枠組みで

 外出禁止や施設閉鎖に伴う損失が補償の対象となるか否かは、特に中小企業の事業者にとっては死活問題と言えます。実は、特措法には損失補償の規定として第62条1項が存在しています。しかし、特措法第62条1項は、臨時の医療施設を開設するために、土地や家屋などを使用した場合や、医薬品や食品などをその生産者などから買い上げた場合などの一定の場合のみを補償の対象としています。

 このように、外出禁止や施設閉鎖に対する損失の補償は、特措法には定められていません。そのため、別途、政府や地方公共団体による補償実施の政策判断を見守る必要があるのです。

(5)若干の考察

 以上のとおり、日本において強制的な都市封鎖や、特措法に基づく補償が存在しないことを概観してきました。ところで、特措法はなぜ、強制的な都市封鎖が可能となるよう、外出禁止や施設閉鎖を命じる権限を規定しなかったのでしょうか。正確なことは、もちろん立法時の議論を検証する必要がありますが、ここでは次のことを指摘しておきたいと思います。

 まず特措法第4条1項は、「事業者及び国民は、新型インフルエンザ等の予防に努めるとともに、新型インフルエンザ等対策に協力するよう努めなければならない。」と規定しています。また、特措法第4条2項は、「事業者は、新型インフルエンザ等のまん延により生ずる影響を考慮し、その事業の実施に関し、適切な措置を講ずるよう努めなければならない。」と規定しています。さらに特措法第5条は、「国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するために必要最小限のものでなければならない。」と規定しています。

 これらの3点からすると、特措法には、国民の移動や経済的活動の自由といった権利は最大限守られなければいけないところ、これらの自由や権利を強制的に奪うような手段は極力避けなければならないという価値判断が存在すると考えます。しかしこのことが、日本国民の、良く言えば協調的な性格、悪く言えば強度な同調圧力に期待し、行政が強制的手段に訴えずとも国民一人ひとりが皆のことを考え感染症拡大という難局に対処するための適切な行動をとることに期待したい、という行政の判断につながっているとすれば、それは法治国家の建前には反すると言わざるを得ません。

 筆者自身は、法的効果が曖昧な「自粛」に頼るのではなく、国民の代表者が制定する法律にきちんとルールを規定するべきではないかと考えています。そして、もし現行法が不十分なのであれば、国民に対してその判断をしわ寄せするのではなく、一刻も早く適切な法的枠組みを議論の上、整備すべきと考えます。

Ⅱ.閉鎖時の賃金等の支払い義務と支援施策

1.考え方の基本

(1)緊急事態宣言下における要請によって、又は事業環境その他を考慮した上で事業場を閉鎖して休業した場合、従業員(労働者)に対する賃金をどのように取り扱うかということは、事業主(使用者)にとって大きな問題となります。この点に関する賃金支払義務の基本的な考え方は、次のとおりです。

 このうち、何が「不可抗力」に該当するかについて、厚労省は、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること、の2つの要件を満たすものでなければならないとの見解を引用しています(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html#Q4-1)。

(2)賃金及び休業手当の支払義務の有無は、個別具体的な事情によって判断されるべきものですが、例えば、特措法第45条2項の閉鎖要請に従って休業した場合は、基本的には次のように考えられます。

 まず、基本的には「使用者の責めに帰すべき事由」はない場合が多いと考えられるため、賃金の支払い義務はないと考えられます。

 他方で、休業手当に関しては、「不可抗力」と言えるかどうかについて、閉鎖を行っても、なお労働者を休業させずに業務に就かせる方法がないかといった検討が必要です。例えば、閉鎖を行っても在宅勤務や他の施設において業務を継続できるのだとすれば、上記②の要件を満たさないと考えられます。使用者が最大限の努力を行っても労働者を休業させざるを得ないということになれば、上記不可抗力の要件を満たすと考えることも可能と考えます。

 もっとも、いかなる程度の努力を行う必要があるのか、その程度については法文及び厚労省の見解からは一義的に明確ではなく、事業者としては難しい判断が迫られるところです。

(3)以上のほか、特措法第45条2項の要請に従ったわけではないが自主的に閉鎖を行った場合や、グローバルに事業展開している企業であれば、一時帰国者をどのように取り扱うかといった場合など、様々な場面が想定されます。

 このような場合をどのように判断するかについては、QA形式で説明がなされているサイトなどもありますが、ことはそれほどシンプルな問題ではなく、具体的事情を踏まえた入念な検討が必要と思われます。お困りの企業の皆様は、お気軽にご相談下さい。 

2.雇用調整助成金など

 上記Ⅱ.1.の検討の結果、休業手当を支払わなければならない場合、当該休業手当に相当する金額の一定額を政府が助成金として支給する制度があり、これを雇用調整助成金といいます。詳細については、例えば厚労省が発行しているガイドブック(https://www.mhlw.go.jp/content/000611773.pdf)などが参考になりますが、新型コロナウイルス拡大防止のため、受給要件の緩和などを定めた特例が今後公表される予定です(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/pageL07.html)。

 このほか、経済産業省のHPでは、無利子・無担保での特別貸付やテレワーク導入の支援情報といった、新型コロナウイルス対策に関する様々な情報が掲載されています(https://www.meti.go.jp/covid-19/)(https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf)。