(文責:高野一弘・山﨑耕平/AsiaWise Group Tax and GRC Team)
1.バーチャル組織時代
2020年初から始まった「コロナ禍」により、経済が大きな打撃を受けています。コロナ禍において、生活の安全・安心を確保するため「人」は物理的な距離をとることが推奨され、リモートワークが急速に拡大していることは、ご承知のとおりです。リモートワークにおいては、実務的な課題がないとは言えませんが、一定の業種・職種においては何とかなっているというのが正直なところでしょうか。少し勇足かもしれませんが、この事実は、一定の業種もしくは、職種においては、デジタルを活用したリモートワークが有効に機能することを証明したとも言えるのではと、筆者は考えています。
この点、このようなリモートワークは、デジタルツールを利用して、対面でのコミュニケーションに頼ることなく業務を進めましょうというコンセプトであるため、「時差」は問題となる可能性はありますが、物理的な距離の大小は問題となりません。つまり、多大なコストが必要とされ、かつ手続き的にも非常に複雑かつ煩雑であった国境をまたぐ人材配置が、リモートワークの概念の下では、これらの手続きも多大なコストも負担せず、いとも簡単に達成できてしまうことになります。グローバルにビジネスを展開しようとしている会社にとって、ビジネスの管理単位・業務を、国境に縛られずに実行したいと考えるのは当然であり、国境をまたぐリモートワークはこれらビジネス需要と融合して、急速に進展していくことは容易に想像されるところです。
他方で、このような国境を跨ぐリモートワークについて、法律的、税務的な部分については、事業実態の変化に柔軟に対応できるような整備が十分に進んでいないのが実態と言わざるを得ない部分が残っています。この点、リモートワークを進めた結果、既存の法規制・税務などのルールに十分な対応ができず、不必要な法的・税務的なリスクを抱え込むことが懸念されます。
2.バーチャル組織にかかる税務上の諸論点
現状の個人所得課税の根本原則は、「働いた場所」を基礎としています。上述のようないわゆる「バーチャル組織」のメンバーであったとしても、実際に働いた場所(国)で当該メンバーの個人所得税が課税されることが現行制度上の大原則となります。つまり、メンバーが居住している国に個人所得税を支払うということが、原則として求められます。他方で、「バーチャル組織」を前提としますと、雇用者がメンバー居住地国外の法人であることが想定され、メンバー居住地国内に何らのプレゼンスを保有していないと考えられます。このようなケースでは、源泉徴収を含めた給与支払い手続きはどのように実施すべきなのか、さらには法人課税上の課題として、当該国におけるPE認定の問題は生じないのかという点も含めて検討する必要があります。加えて、法人の所在地国での課税関係、例えば他国居住者に支払った給与の損金性や、法人所在地国での追加的個人所得税課税の可能性などの整理も必要になると考えられます。結果的に、メンバー居住地国の税務当局と、雇用者(法人)居住地国の税務当局との間で、意見の対立が生じる可能性は十分に起こりえるリスクであり、納税者(メンバー及び法人)側からすると、国際的二重課税の発生が懸念されることになります。
デジタルを活用した国境をまたぐ「バーチャル組織」制度のメリットを享受しつつ、現行制度の枠組を前提とした適切な組織・雇用体制を整え、税務コスト、リスクをバランスよく管理することが求められます。
3.役務提供方式とその採用時の留意事項
バーチャル組織制度を導入する一つの手法として、法人と個人との雇用契約と法人間のサービス契約に本件の内容を分解し、対応を行うという方策が用いられることがあります。つまり、「バーチャル組織」メンバーの雇用者は当該メンバーが居住している国のエンティティとし、雇用関係は当該国内で完結する形とする。合わせて、バーチャル組織が実施するサービス受領法人は、雇用主体エンティティと役務提供契約を通じたサービス提供を受けることとするものです(役務提供方式)。このような役務提供方式を取ることは、バーチャル組織制度を、現行の制度・税制に沿った形で運用する一つの方法と考えられます。役務提供方式については、既に多くの会社で導入がなされていますが、その提供し、受領されるサービス内容について、十分な検討がなされず、結果的に、税務調査で取引の偽装だと問題視され、処分を受けるケースも散見されるということも事実です。特に、役務提供契約をグループ会社間で実施するようなケースであれば、実際にサービスが実施されており、その対価も移転価格税制にのっとって適切に設定されているケースは多いのですが、その取引を委託しなければならない理由に合理性がないというケースが散見されます。例えば、国外に販売子会社を設置しているケースで、親会社が、当該販売子会社に販売活動を委託するというようなケースです。現地での販売活動は、当該子会社が実施すべき機能であるのに、なぜ親会社が販売活動の実施主体となり、その販売活動業務を当該販売子会社に委託しないといけないのか。このようなケースでは、当該業務を委託すること自体に合理性がなく、税務的には、報酬の支払いが否認されることにつながってしまいます。取引の実在性、対価の妥当性に加えて、取引の合理性・合目的性についても、十分に考慮することが必要です。これらの要件を検討した上で、業務内容を明確化し、適切に契約書に反映しておくことで不要な税務リスクの低減につなげられると考えます。
4.バーチャル組織時代の海外子会社ガバナンス
海外子会社での不正は、日本本社から派遣された、日本的なマネジメントを前提とした現地駐在員の孤軍奮闘によって抑止されてきたのが多くの日系グローバル企業の現実でありました。コロナ禍に伴い、国境を越えたヒトの移動が大きく制限された事業環境下では、従来の現地駐在員が「バーチャル組織」メンバーに置き換わり、例えば日本に居住した状態で、海外子会社のガバナンスを実施することが求められることになっていくと考えられます。
この点は、海外子会社とのコミュニケーションの即時性が高められると捉え、海外子会社ガバナンスを強化する好機と捉えるべきと考えます。バーチャル組織制度の普及は、組織のグローバル化を体現する一形態となりえますので、このグローバル化された組織に対して、標準的なルール、例えば、企業グループで最低限遵守すべきポリシーの設計・導入、当該ポリシーを共通言語とした現地従業員とのコミュニケーション、標準プロセス設計・導入、グローバルの共通プラットフォームとなるシステム導入、グローバル内部通報制度の導入、リモートによる複数拠点に対するアジャイル型内部監査の実行等を導入することで、従前の各社ごとの対応を排除し、一気に全体を統一ルールのもとに管理できる体制を構築できることにつながると考えます。
5.まとめ
現行制度を前提としますと、単純に「バーチャル組織」制度を導入することはさまざまなリスクを惹起することになります。他方で、「バーチャル組織」制度には、大きなメリットがあることも明確な事実です。不確実な項目を避けるだけではなく、現実的・実務的な発想で、一定のリスクを享受しつつ、取り入れ、管理していくことで、将来的にさらなる事業の発展に大きく寄与すると確信しています。