(文責:田中陽介/AsiaWise Cross-Border Consulting Singapore所属、インド駐在中)
インドのロックダウンも5月4日からの第3期目ともなると、ほとんどの活動が禁止されていた初期の頃とは大きく状況が変わってまいりました。5月1日にMinistry of Home Affairsが公表したガイドラインによると、一部の地域で、一定の条件に従う場合にはオフィスを再開することも可能であるとされています。ここで列挙された条件の一つとして、全ての従業員がモバイルアプリ「Aarogya Setu」を使用することが挙げられています。本稿では、この「Aarogya Setu」がどのようなアプリなのか、そしてこのアプリによってどのようにオフィスの感染拡大リスクが低減されるのかについて、解説いたします。
1. モバイルアプリ「Aarogya Setu」とは
ヒンディー語で「ヘルスケアへの架け橋」を意味するモバイルアプリ「Aarogya Setu」は、インド電子情報技術省(MeitY)傘下の国立情報学センターにおいて、COVID-19の感染拡大を防止するために開発されました。2020年4月2日よりApp StoreとGoogle Play Storeでリリースされており、ナレンドラ・モディ首相のスピーチにおいてたびたび言及されております。リリースして13日間で5000万ダウンロードを達成し、ポケモンGOの世界最速記録を塗り替えました。5月1日の時点で8000万ダウンロードも達成し、さらなる活用促進のため、インドに5億5000万人いると言われるフィーチャーフォンユーザーも使えるよう、フィーチャーフォン用のアプリも開発中です。
4月29日、5月1日のガイドラインに先駆けるかたちでDepartment of Personnel and Training (DoPT)により出された通達において、中央政府職員は、「Aarogya Setu」を使用することを義務付けられました。この通達は、「Aarogya Setu」を具体的にどのように使用するのかについても言及しています。職員のアプリ上のステータスが「safe」か「low risk」と表示されたときのみオフィスに通勤することが可能であり、「moderate」か「high risk」と表示されているときは、14日間又はステータスが「safe」「low risk」と表示されるまで自主的な隔離が求められます。このように職員自身がステータス、すなわち自身が感染を拡大させるリスクがどの程度かを知ることにより、職員それぞれがオフィスに通勤しても良いかを決める仕組みになっています。
5月1日のガイドラインでは、以下のように民間企業の従業員も「Aarogya Setu」の使用が義務付けられました。
15. Use of Arogya Setu app shall be made mandatory for all employees, both private and public. It shall be the responsibility of the Head of the respective Organizations to ensure 100% coverage of this app among the employees.
しかしながら、中央政府の職員への通達とは異なり、アプリの具体的な使用に関する指示は含まれておりません。インド政府の意図としては、民間企業の従業員に対しても、中央政府職員への通達内容に準じた形でアプリの使用を求めているのでないかと考えられます。
2. モバイルアプリ「Aarogya Setu」の主要な機能
続いて、このアプリが何を根拠に「safe」「low risk」「moderate」「high risk」のステータス判定を行っているかを解説いたします。このステータス判定は、AIチャットボットによる問診結果とBluetoothによる近接端末との通信結果の2つの結果に基づきます。
AIチャットボットによる問診は、海外渡航の有無、陽性反応が出た人との接触の有無、発熱や咳等の症状の有無を対話形式で回答していくもので、24時間いつでも可能であり、オペレータに連絡する必要もありません。一方Bluetoothによる近接端末との通信は、このアプリをインストールしている端末同士で、情報のやり取りを行うものです。具体的にどのような情報がやりとりされているかはわかりませんが、端末のユーザーの問診結果、陽性反応の有無をやりとりしているのではないかと考えられます。これらの結果に基づいて、それぞれのパラメータに対して何らかの重み付けがされて、ステータス判定を行っていると思われます。
より具体的には、感染しているとみられる症状が問診結果に出ている場合、近くに感染者がいるとBluetoothによる通信で判明した場合には、本人が実際にPCR検査を受けることなく感染を拡大させるリスクが高いと判断され、自主的に隔離をすることが求められます。このように本人の問診の結果と近くにいる人の情報に基づいてステータス判定を行い、このステータス情報が通勤可否の判断材料に使われます。
3. モバイルアプリ「Aarogya Setu」のその他の機能
筆者はこのアプリを比較的初期の段階からインドで使用しているため、ユーザーとして、この1ヶ月間で様々な機能が日々追加されていくのを見てきました。インド政府はこのモバイルアプリをCOVID-19関連情報の統合アプリにしていくのではないかと考えられます。上述の主要な機能の他に現在以下のような特徴があります。
①GPSによる現在位置から半径500m乃至10km圏内のユーザーデータ(アプリユーザー数、問診回答者数、体調が悪い者の数、感染者数)
②自分の住む州とインド全土の感染者数と回復者数
③アプリ上のe-Pass形式の外出許可証
スクリーンショット1:①の機能
スクリーンショット2:②の機能
スクリーンショット3:③の機能
4.最後に
このような感染症拡大防止という課題を、インド政府はテクノロジーを用いてどのように乗り切っていくのか、注目に値します。また、公益のためとはいえ、問診結果や位置情報のようなパーソナルデータを何らかの形で共有する点には十分注意する必要があると考えております。状況が刻一刻と変化するなか、インド政府はどのようなアプローチを取るのか。インドでビジネスをする皆様にも大いに関わってくることかと思いますので、AsiaWise Groupとしても、大きな動きがあり次第、適宜報告していきたいと考えております。