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AW Alert India 7:ポスト・コロナのインド投資戦略(2020/4/27時点)

2020年5月1日

(文責:久保光太郎/AsiaWise法律事務所代表弁護士、岡田知也/株式会社マナスコーポレートパートナーズ代表取締役)

 AsiaWise法律事務所では平素よりインドを始めとするアジア各国の投資案件のサポートをしておりますが、コロナ・ショックの激震に見舞われるなかでも、複数のM&A案件が、関係者の強い意志により継続しております。

 多くの日本企業においては、今はまだコロナ・ショックの一次的な対応に追われているところではないでしょうか。しかし企業としては、コロナ後の社会(「ポスト・コロナ」)の事業環境を見据え、投資を継続することが大切です。ポスト・コロナの事業環境は、今はまだ不透明な状況と言わざるを得ませんが、大きな変化が生じること自体は間違いないと思われます。

 本稿は、AsiaWise法律事務所代表弁護士の久保光太郎と、日印間のM&Aにフォーカスした独立系アドバイザリーファームの株式会社マナスコーポレートパートナーズ・岡田知也が共著の形式をとって、ポスト・コロナのインド投資戦略について論じます。

 まず、著者(岡田)が、これまでにお手伝いしたM&A案件を通じて知己を得た複数のインド現地企業の経営者に対し、目下の経済環境等についてインタビューを実施致しました。以下に、その内容をご紹介致します(インタビューは2020/4/16-20に実施)。

1. インド現地企業の経営者に対するインタビュー

質問① ポスト・コロナのインド経済についてどう見ているか?

  • 他の諸国に比べて国から企業への支援策に乏しい(GDPの0.85%)。他方で完全なロックダウンと労働者への賃金給与の支払い義務を課す措置による企業の負担は大きい。引き続き金利が高止まりしていることもあり、財務体質が強くない企業の倒産が増えるのではないか。
  • ポスト・コロナの社会では、消費者の行動様式が大きく変わるのではないか。インドにおいてもマスクの着用や手指の消毒は今後習慣化していく可能性が高い。また、“Work-from-home”やフレックス・タイムの定着化、5Gの早期導入、ZoomやSkypeの普及等も進んでいくことが予想される。
  • インドには社交的な文化があり、例えば、みんなとハグをする文化があったが、これを続けることは難しいだろう。これに伴い、社会的な分断が進むことも予想される。
  • コンビニエンス・ストアのような小規模な小売業の方が、消費者へのアクセスがよく、宅配需要にも応えやすいことから、ニーズが高まる可能性があるのではないか。
  • 経済復興の優先度合いが上がることで、かつてのような汚染された大気に後戻りする可能性がある。他方で、大手自動車メーカーは各社とも逆境にあり、電気自動車の導入も延期される可能性がある。
  • 人工呼吸器は、今後2年程度需要が高まるとみており、自動車・自動車部品製造会社にとってよいビジネスになる。
  • 当面の不透明感は拭えないが、このような危機的な状況は6ヶ月も続かないのではないか。期待感を込めて、2021-2022年には6.5-7.5%の成長軌道に戻ってくるだろう。

質問② ポスト・コロナの日本とインドのパートナーシップについて、どのように見ているか?

  • インド企業の経営者のメンタリティは変化する。自前主義で何とか頑張っていくのではなく、他社とのパートナーシップに前向きな姿勢が強くなると考える。少なくとも、中国を避ける動きが今後より強まることは間違いない。日本企業による中国からの生産拠点シフトの動きが強まるようであれば、インド企業にとっては大きなプラスに働く話である。
  • 特に、携帯電話関連、カメラレンズ、自動車部品、ヘルスケアデバイス等の製造業のインド進出が期待される。
  • 日本企業のアドバンテージは、低金利と、豊富なマネジメント経験にある。今後、インドの現地企業は、資本不足によりバリュエーションが低下する可能性が高い。日本企業にとっては、3~5年程度で回収できるような投資を行う良い機会だと思う。
  • 日本企業は、インドの成長に多大な貢献をすることができる。日本とインドのパートナーシップは相互に利益が大きい。インド企業の側から見てみると、技術、ノウハウ、そして資本が、日本企業に期待される役割である。

質問③ 日本企業とのパートナーシップが貴社のビジネスに与える影響についてどう見ているか?

  • 日本企業をパートナーに持つことで、顧客(特に日系企業の顧客)へのアプローチが容易になった。加えて、技術及びシステム面での学びが得られたことで、インド国内のみならず第三国における事業展開にもプラスに働いている。
  • 日本企業とのパートナーシップにより、日本企業が持つグローバルビジネスのデータにアクセスすることができ、インドの国内事業のビジネス判断にも好影響が出ている。

2. 「中国狙い撃ち」規制の導入と、日本企業に対する期待

 インド政府は、2020年4月17日、2017年統合版FDIポリシーを改正するPress Note No.3(2020 Series)を発出し、インドの内資保護の観点から、インドと陸続きで国境を接する国からの外国直接投資全てについて、政府の事前承認を必要とすることとしました。新型コロナウイルスの感染拡大及びロックダウンによる業績悪化の懸念から、インドの株式市場は低落しているところ、外国企業による上場会社に対する略奪的な買収が行われるのではないかとの考慮が背景にあります。Press Note自体は対象国を明示していませんが、インドと陸続きの国境を接する国は、ネパール、パキスタン、中国、バングラデシュ、ミャンマー、ブータン、アフガニスタンの7ヶ国です。このうち、パキスタンとバングラデッシュについてはすでに同様の規制対象とされていたことから、今回の通知は残り5ヶ国との関係で規制を強化するものです。インドのメディアは一斉に、今回の措置は中国からの投資を狙い撃ちにしたものであると報じております。

 インドはもともと歴史的な経緯もあって、必ずしも対中感情が良いお国柄ではありませんでしたが、今回の新型コロナウイルスの問題はその傾向に拍車をかけるものと思われます。他方で、前述のインタビューの内容からも見て取れるように、インドの現地企業の経営者は基本的に対日感情が良好であり、ポスト・コロナの復興に際しても、日本企業に対する大きな期待を見て取ることができます。特に、今回のコロナ・ショックを契機として、日本企業の生産拠点が中国からインドに大きくシフトしてくるのではないかという期待が見受けられました。

 ただし、今後、少なくとも短期、中期的には投資環境の悪化が予想されることから、インドの現地企業の経営者の側からしてみると、バリュエーションの期待値は下がらざるを得ないと思われます。そういった意味では、インドに入り込むことができていない日本企業にとっては、大きなチャンスが到来する可能性もあります。

3. Facebookの大規模投資と、日本企業のインド投資の課題

 そういった中で、4月22日、米国Facebookがインドに大規模投資を決定したとのニュースが飛び込んできました。Facebookが手を組んだのはインドを代表する財閥であるリライアンスです。Facebookは、その傘下のテック企業であるJio Platformに対し4,374億ルピー(約6,100億円)を投じて、9.9%の株式を取得しました。また、あわせて両社の関連会社であるReliance Retail、Jio Platform及びWhatsAppの3社間の事業提携も公表されております。その取引の詳細については、株式会社マナスコーポレートパートナーズのニュースレターをご参照下さい(https://www.manascp.com/blog/facebook-6-100)。

 このメガディールの背景は様々に語られておりますが、ここで指摘しておきたいことは、ポスト・コロナの投資戦略においては、ますます「データ」の価値が重要性を握るということです。Facebookはすでにインドで3億人以上のユーザを獲得しているところ、その個人データをリライアンスが展開するEコマース事業に活用することを狙っています。インドでは現在、データ・ローカリゼションの義務を含む個人情報保護法案が国会で審議されており、データの利用や国外移送に際して制約が厳しくなることが予想されていますが、Facebookはインド国内の財閥であるリライアンスと組むことによって、規制対応も容易にする戦略ではないかと見られます。

 日本企業も、今後のクロスボーダー分野における投資において、今まで以上にデータ、知的財産権といった技術資産の価値に着目していくことが必要であると考えます。これまで日本企業のインド投資においては、廉価で豊富な労働力や大きな市場に注目が集まっておりましたが、ポスト・コロナの世界においては、リモート技術を支えるAI等のテクノロジーの技術者や、人口大国から来るデータも重要な要素になります。インド投資案件においても、データを保有する現地企業を買収するという案件が出てくることも期待されます。

 AsiaWise Groupでは、引き続きポスト・コロナの社会の変化について情報提供をして参ります。

株式会社マナスコーポレートパートナーズwww.manascp.com):
日本とインドのクロスボーダーM&Aにフォーカスした、独立系M&Aアドバイザリーファーム。日本企業のグローバル展開におけるインドの重要性並びに、M&A活動における、より木目細かなフィナンシャル・アドバイザーからのフォローが重要であると考え、2020年4月にM&Aアドバイザリー専業のGCAから独立・起業した。