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レクシスネクシス・ジャパン「ワークショップで学ぶ英文契約」登壇のご報告

2019年10月25日

(文責:松村正悟)

 レクシスネクシス・ジャパン株式会社が主催し、2019年9月17日、2019年10月4日の全2回で開催されたワークショップにおいて、AsiaWise代表の久保光太郎が、講師として登壇いたしました。

 ワークショップは「アジア新興国のリスクを踏まえた取引契約実務のポイント」と題しまして、双方向型のディスカッション形式を採りながら、アジア新興国における契約実務について解説いたしました。

 第1回では、アジア新興国の契約実務の留意点として、主に以下の点をご説明しました。

1.契約上の義務の内容は特定されているか?

「相手に何をしてもらいたいのか」を明確にすることは、相手方の法的義務の範囲を画定することとイコールです。この点が不明確だと、債務不履行の有無をめぐって争いに発展してしまいます。「言わなくてもわかると思っていた」という日本式の思考様式(「阿吽の呼吸」ということもあります)は、アジア新興国には通用しません。

2.契約の終了条件は十分に明確化されているか?

ある契約条項違反があった場合に、それが契約の終了・解除の事由に該当するか否かが争われることもあります。

3.紛争解決条項は適切に規定されているか?

紛争解決条項を適当に規定してしまった結果、いざ紛争が起きた時に相手方企業の所在する外国の裁判所に赴く羽目になってしまった……ということのないようにきちんと規定する必要があります。

4.秘密保護に関する手当は十分か?

交渉相手に提供した営業秘密が勝手に利用されてしまうこともあります。相手国において、日本の不正競争防止法と同じ水準で営業秘密が保護されるとは限りません。

5.コンプライアンス違反に対する手当は十分か?

日本ではあまり想像の及ばないところですが、アジア新興国では、贈収賄はしばしば深刻な問題になります。

 上に挙げたものの他にも留意すべき点は多岐にわたりますが、アジア各国の現地法や実務を隅々までおさえることは、現実的ではありません。重要なのは、「アジア新興国ビジネスにおいてどのような落とし穴があるか」「ワーストケースシナリオとして何が想定されるのか」といった点を、経験と想像力をもって洗い出し、想定されるリスクを契約書に落とし込むことです。

 第2回では、参加者の皆様に事前にドラフトしていただいたアジアの現地企業との合弁契約締結に向けた覚書を、講師が添削のうえ講評を行いました。契約交渉の過程では、覚書(Letter of Intent、Memorandum of Understanding等、名称は様々です。)を取り交わすのが一般的です。特に中小企業やスタートアップ企業においては、ビジネスの議論が先行してリーガル面が後回しになりがちです。しかし、案件全体の流れを俯瞰し、適切なタイミングで覚書等により合意を書面化しておくといった戦略的な思考は、リーガルの観点からは必要なものです。この覚書については、拘束力を持たせるかどうか、あるいは拘束力を持たせる部分と持たせない部分とをいかに明確に分別するか、といった点が極めて重要な検討事項となります。

 後半には、実際にあった事例を素材として、他にもケーススタディの検討を行いました。

例に挙げた事案は、契約書作成の際、当該契約書の条項中の英文にカンマを一つ打っておきさえすれば、解釈が分かれることはなく、紛争の発生を防止できたのではないかというものでした。事ほど左様に、多義的に解釈可能な契約書の文言というのは、紛争の火種になります。一度紛争が生じてしまった場合、(特にアジア新興国との取引では)争いを収めることは決して容易ではなく、膨大な時間とコストを要することも珍しくありません。

 注意すべきは、「常識的に考えて、Aという解釈しかありえない」と日本企業の側が思っていても、それは日本の常識にすぎないということです。相手国の常識ではBという解釈もとることができるかもしれないのです。「日本の常識はアジアの非常識、アジアの常識は日本の非常識」と言われることもありますが、とにかく自国の常識にとらわれず柔軟な思考で、あらゆる解釈の可能性を想定し契約書を作成することが、紛争を防止するうえで極めて重要です。

 そして、万が一紛争が起きてしまった場合に重要となるのが、上でも少し触れた準拠法および紛争解決条項です。この点は、参加者の方々の関心が高かったトピックの一つでした。契約実務において頻繁に問題となる点である一方で、理解が必ずしも容易でない論点であるように思われます。

 準拠法および紛争解決条項は、契約書の一般条項の一部として後ろの方に置かれることが多いため、ともすれば検討がおざなりになりがちです。しかしながら、「準拠法を日本法とすることに拘泥する必要が本当にあるか? むしろ準拠法の点は相手方に譲って、他の条項をこちらに有利に設定するという交渉戦略は採れないのか?」「紛争解決手段として適切なのは訴訟か仲裁か? 訴訟を選んだ場合に、外国における判決の執行可能性はどの程度担保されているか?」等々、理論的または交渉戦略的に検討すべき点は、実は多岐にわたります。安易に過去の契約書からコピー&ペーストせず、注意深く検討することを強くおすすめいたします。

 以上で述べたのは、2回にわたるワークショップの一部をごく簡単に抜粋したものです。ワークショップの中では、参加者の方々からも積極的なご発言・ご質問をいただき、どちらの回も、全体を通じて非常に充実したディスカッションが行われておりました。セミナー後、参加者の方からは、他の参加者の議論や質問が勉強になったというご感想もいただいており、実のあるワークショップになったと実感しております。

 AsiaWiseは今後も、クロスボーダーの契約実務に関する有用な知見を共有できる場をご提供して参りたいと思います。どうぞご期待ください。