(文責:横山雄平・Justin Jiang/AsiaWise法律事務所所属)
1.新型コロナウイルスと不可抗力条項
新型コロナウイルス(Covid-19)の影響が、世界的に広がっています。WHOは、2020年3月11日、パンデミックを認定しましたが、各国において様々な渡航制限、強制隔離、社会活動停止などの対策が実施されています。新型コロナウイルスの影響をビジネス面で見た場合、製造や物流、サービス提供等の様々な契約において、上記渡航制限、社会活動停止等に由来した債務履行の遅延が生じたり、履行自体が不可能になったりということがあります。そうした場合、不可抗力(Force Majeure)として、契約上の債務の免責を主張することができるかが問題となります。
2.不可抗力条項とは
不可抗力条項とは、一般に、天変地異や戦争等、契約当事者がコントロールできない事情(以下、「不可抗力事由」といいます。)によって契約上の義務の履行ができない場合、そのような不履行から契約当事者を免責させる規定を言います。多くの契約書に標準的に定められる規定であり、不可抗力事由として規定する事情、不可抗力事由が生じた場合に契約当事者がとるべき対応、効果(救済)等、基本的に契約当事者が自由に定めることが可能です。
不可抗力条項の内容は契約書によって異なるため、まずは具体的な規定の記載文言を検討することが必要です。新型コロナウイルスとの関係では、不可抗力事由として「感染症」や「流行病」(infectious disease、epidemic等)といった文言を定めていれば、「新型コロナウイルスの感染拡大」という事情が含まれると解釈できる可能性が高いです。他方で、「感染症」や「流行病」といった文言が存在しない場合、解釈上、疑義が生じます。この点、ロックダウン等の措置を講じている国では、「政府の行為」(governmental action等)といった文言に含めて解釈する等、なお不可抗力条項の適用の余地があります。
次に、不可抗力事由が生じた場合の対応・効果ですが、これも相手方に対する通知義務がある場合や、一定期間の履行が猶予されるだけで当然には契約終了とならない場合、当然に契約終了となる場合など様々です。
また、実務上しばしば争点となるのが、不可抗力事由と債務が履行できないことの間に因果関係が認められるか、という点です。いかなる場合に因果関係が認められるかは、各国において裁判例の蓄積があるので、これを参照することが必要になります。
3.各国法による救済
契約書中に不可抗力条項が存在しない場合にも、法律の適用による救済の余地は、なお残されています。不可抗力条項と同様に、契約締結後に当事者のコントロール下にない予期せぬ事情が発生し契約の履行ができない場合を対象として、不履行から当事者を免責させる法制度があります。ただし、必要となる手続や効果は、国ごとに異なります。以下、アジア各国の中から、中国、シンガポール及びインドを例にとって説明致します。
(1) 中国
中国では、民法総則第180条と契約法(以下「契約法」とします)第117条、118条の規定が、これに該当します。
上記規定によれば、契約当事者は、不可抗力により契約の履行が不能となった場合、相手方の損害を軽減するため、合理的な期間において不可抗力状況発生の証明を得るとともに、不可抗力による契約の不履行を速やかに相手側に通知することとされています。当該通知義務の履行を怠って相手側に損害を与えた場合、それ自体が損害賠償責任の対象となる可能性があります。
法律上、証明・通知の方法は規定されていませんが、本件のコロナ対応を含め、中華人民共和国商務部に所属する中国国際貿易促進委員会が、企業に対し、積極的に不可抗力証明を提供しており、近時(2020年3月)までに、約5,600件の不可抗力証明が発行されていると報じられています。
ただし、裁判所は必ずしもこの行政による不可抗力証明の判断に拘束されるとは限らないため、注意が必要です。なお、中国では、2003年にSARSが流行した際、契約法第117条、118条の積極適用について、最高人民法院から通達が出されています。今回の新型コロナウイルスに関しても、最高人民法院から同様の通達が出される可能性もあります。今後の中国政府の対応を注視する必要があります。
(2) シンガポール
シンガポールでは、イギリス法に由来するdoctrine of frustrationの概念が存在します。これによれば、当事者のコントロール下にない予期しない事情が発生したために契約の履行ができない場合、契約は自動的に終了するとされています。その要件は、①契約締結時において契約当事者が予期していなかった事情が契約締結後に生じたこと、②当該事情の発生が契約当事者のコントロールを超えていること、③当該事情によって、債務の履行が不可能ないし違法になり又は本質的に変化してしまうこと、と一般的に理解されています。また、このように契約が終了した場合、終了後の清算等について規定した法律として、後発的不能に関する契約法(the Frustrated Contract Act)が存在します。
どのような場合にdoctrine of frustrationの適用が認められるかですが、過去の裁判例では、原材料の産出国における輸出禁止措置、土地売買契約における目的不動産の政府による収用、法の改正により行政の許認可が得られなくなった、戦争の勃発、等の事案において認められています。
(3) インド
インドでは、1872年インド契約法(the Indian Contract Act, 1872)第56条が、契約締結時に契約当事者が合理的な過失なく予期していなかった事情によって後に契約の履行が不能又は違法になった場合、契約は終了すると定めています。
この適用が否定された過去の裁判例としては、原材料の調達価格の上昇が問題となったケース、土地の譲渡において土地の一部が軍事目的で政府に利用を制限され、所定の土地整備が一時的にできなくなったケース等があります。
なお、インド財務省は、2020年2月19日付の通達において、公共調達に関するガイドラインであるManual for Procurement of Goods 2017に関して、新型コロナウイルスを不可抗力事由として扱う旨を発表しました。本ガイドラインは、広く中央政府が関与して行われる公共調達に適用されるものです。民間企業間の取引に直接の適用はありませんが、本通達は、民間取引においても参考となる基準を提供していると考えられます。
以上のように各国の法律に基づく救済を主張する場合にも、不可抗力条項に基づく主張の場合と同様に、履行不能との間に因果関係が認められるかという点は、実務上重要となると考えます。
4.最後に
以上、本稿においては、新型コロナウイルスの契約に対する影響として、契約上の不可抗力条項の意義、アジア各国法における後発的不能等の取扱いについて解説致しました。なお、今後、締結する契約において不可抗力条項をどのように規定すべきかに関しても、この度の新型コロナウイルスによる影響をふまえ、見直すことをお勧め致します。